児童虐待を防ぐために…

安田 真奈(映画監督・脚本家)

更新:2016-04-01

2010年、大阪市西区のマンションで、3歳と1歳の子どもが置き去りにされて亡くなりました。
住民の多い街で子どもが餓死…。事件の衝撃は大きく、マスコミ各社が児童虐待問題を取り上げました。しかし記事や報道特集を熱心に見るのは関心の高い人だけ。そこでNHK大阪放送局はより広い層に問題提起すべく、ドラマを製作しました。私はスタッフともに、虐待された方、した方、児童相談所、子育て支援関係者など、色々な方に取材して、オリジナル脚本「やさしい花」を書きました。孤立と困窮で追い詰められて子どもに手をあげるシングルマザー(谷村美月さん)と、彼女に手を差し伸べる近隣の主婦(石野真子さん)の物語です。福祉ビデオライブラリーからDVDが無料貸出されているので、研修・イベントでの上映が広がっています(下記チラシ画像は、にしよどにこネット主催上映会事例。西淀川区役所委託事業)。

私は時々、上映後に講演をさせていただき、取材を経て感じたことを4つ、お伝えしております。
 

1つめは、「虐待は遠い世界の犯罪ではなく、誰もが陥る可能性のある過ちである」ということ。
悲惨な事件からは、「虐待する親=極悪人、非常識人」というイメージが浮かびがちですが、実際は、育児に行き詰まったマジメな親が、精神的に不安定になったり、しつけが行き過ぎたりして、子どもを傷つけるケースが大半です。乳幼児との日々は、24時間命を預かる緊張感と、無事成長しているかという不安感、何をしても泣きやまない寝てくれないという疲弊感でいっぱい。私自身、息子の夜泣きが二年近く続いて睡眠障害から育児ウツに陥りかけ、「この状態に、経済的困窮や夫の無理解、周囲からの苦情が重なったらキツイだろうな…」としみじみ感じました。
 

2つめは、「虐待したくてする親はまずいない」ということ。
誰もが、我が子を傷つける犯罪者にはなりたくありません。ちゃんと育てるつもりが、さまざまな要因で行き詰ってしまうのです。西区の事件の母親も、布おむつを使ったり子育てサークルに参加したりと、熱心に育児をしていました。しかし離婚の際、養育費ももらえず、幼子二人をかかえて家を出て、実親にも頼れず困窮し、次第に現実逃避してネグレクトに至りました。また昨今は、少子化・核家族化・地域交流減少の影響で、赤ちゃんを抱いた経験がないまま育児を始めるケースが増えています。中でも、望まぬ妊娠から不慣れな育児に突入した場合は、虐待リスクが高まります。育児についての学びや支援、相談の場が必要です。
 

3つめは、「子どもだけでなく、親も救ってほしい」ということ。
虐待に至る親は、相談相手がいない、育児と仕事が両立できない、などの事情を抱えています。西区の母親は夜の仕事をしていましたが、その世界にシングルマザーが比較的多いのは、「男好きだから」ではありません。「学歴がなくても、収入・住居・託児の3点セットを世話してくれるから」です。シングルマザーは、非正規雇用・低収入になりがちな上、養育費をもらえている方はなんと2割以下です。逆に、夫婦そろった家庭で十分な収入があっても、孤立していたり、完璧主義で精神的に不安定だったりすると、虐待に至ることはあります。虐待を止めるには、それぞれの親が抱える問題を解決する必要があります。
 

4つめは、「子育てを『見張る』のではなく『見守る』社会であってほしい」ということ。
虐待の最終的な引き金は「孤立」です。通報は、子どもを救うケースも多々ありますが、親にプレッシャーを与えるという側面もあります。通報されて児童相談所が訪問して以来、周囲に迷惑をかけていると思い詰めて、赤ちゃんが泣くと窓を閉めて布団をかぶせる…というケースも何度か聞きました。
近隣の育児を「見張って」通報するのではなく、普段から妊婦さんや親子と顔見知りになっておく「見守り」の姿勢が広まってほしいです。「可愛いね」「大きくなったね」「何か月?」「あそこの赤ちゃん広場がいいよ」「小児科はココがおすすめよ」…そんな会話が難しければ、会釈だけでも十分。「あなたの育児を応援している人間が近所にいますよ」というサインは、親の孤立感を和らげます。
 

厚労省の調査(第11次報告)によると、「虐待死事例が発生した児童相談所における、当該事例担当職員の平成25年度の受け持ち事例数は、一人あたり平均109.1件。そのうち虐待事例は平均65件。」この仕事量では、児童相談所だけで事件を防ぐのは難しいですね。もちろん、深刻なケースは専門家でなければ対処できません。しかし、育児不安や孤立といった、虐待リスクを高める小さな「芽」なら、素人の私たちでも、知識や理解、そして「見守り」によって、摘むことができるのでは…と思います。

子育てへのあたたかなまなざしが、草の根的に広がることを、心より祈ります。
 

にしよどにこネット主催上映会チラシ。西淀川区役所委託事業
にしよどにこネット主催上映会チラシ。西淀川区役所委託事業
NHKドラマ「やさしい花」コンセプトビジュアル
NHKドラマ「やさしい花」コンセプトビジュアル

執筆者

  • 安田 真奈
  • 映画監督・脚本家
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