小さい子にも、仕事の話を。

安田 真奈(映画監督・脚本家)

更新:2016-06-01

仕事のこと、子どもに話していますか? まだ幼いから伝わらないなぁと思いますか?

以前、「幸福(しあわせ)のスイッチ」という映画の監督・脚本を担当しました。
オリジナルストーリーで、和歌山の小さな電器屋の親子物語です。父親(沢田研二さん)は、「お客様第一」の仕事人間。主人公は三姉妹の次女(上野樹里さん)で、東京の仕事に挫折して一時帰省し、店を手伝います。仕事を優先しすぎる父にも、利益度外視の電器屋稼業にも反感を抱いていた彼女ですが、父の一途な仕事ぶりと客からの信頼を知るにつれ、頑なな心がほぐれていきます。

映画構想のきっかけは、会社員経験にあります。
学生時代、私はなんとなく、サラリーマンのオジサマが苦手でした。説教されそうなイメージや、駅や道で酔っぱらっている印象が強かったのです。しかし一緒に働いてみると、上司には厳しく指示され、得意先には頭を下げ、部下は思うように動かず…、日々懸命に働くサラリーマンのオジサマたちが輝いて見えました。
その時、気づいたのです。肝心のご家族は、この一生懸命な姿を見てないな、と。オジサマが疲れて帰って無口でいると、奥さまは「私だって仕事や育児で疲れてる…相談したいこともあるのに」と不満がたまります。子どもは「毎朝ネクタイ締めて満員電車にのって、疲れて帰る親父みたいな人生は送りたくない。働くなんてしんどいだけだ」と、親への尊敬も、働く意欲も失います。そんな寂しいすれ違いが、多くの家庭で発生しているかも…?
そう考えて、「親が働く姿を見て、子どもが人生を見つめなおす物語を撮ろう」と構想しました。

街の小さな電器屋を舞台にしたのは、店と客の間に、驚くほどアツイ絆があるからです。
お宅にあがって長時間作業するので、工事が終わったら食事や風呂をすすめられる、留守中に客宅の鍵を預かって修理をする、なんてことは日常茶飯事。主人公は、父親の仕事がいかに細やかで、いかに喜ばれているかを発見していきます。観客の方からは、「自分も若い頃は、仕事の価値がわからなかった」「親と久々に話したい、故郷が懐かしい」「親の仕事に想いを馳せて心にしみた」という感想を多くいただきました。

昔から、「黙って働く背中を子どもに見せていれば、親の想いは伝わる」という考え方がありますが、最近は少し事情が違うと思います。昔は、一台のテレビを皆で囲んだり、子ども部屋がなかったり、再加熱できるレンジがないので極力一斉に食事をしたりと、家族の想いが伝わりやすい家庭環境でした。
しかし今や、「家電」は「個電」。親が働く背中を見せているつもりでも、子どもの関心はテレビやパソコン、スマホなど、外の世界にむきがちです。食事時間もバラバラで、子ども部屋があると、さらに親子の対話は減ります。もちろん子どもは、住まいや食事、学費、小遣いがあるのは親の労働のおかげとわかっていますが、「感謝」と「働く意義の発見」は別ものです。

今の時代、親は意識的に、仕事の意義や苦労、やりがいについて、子どもに話した方がよいと思います。子どもがまだ幼いと、仕事の話はつまらないし、専門的で説明が難しいし…と話題を避けがち。しかし仕事のポジティブなイメージは、伝えられます。

例えば、
「パパ、遅いねぇ」ではなく、「パパ、遅くまでお仕事がんばってるね」。
「これをしないとお給料がもらえないの」ではなく、「これをすると人の役に立つから、お給料がもらえるんだよ」。
「ママも仕事行くんだから、学校行きなさい」ではなく、「毎日学校で頑張ってるんだね。ママもお仕事頑張ってくるね」。
家庭の外でも、「日曜も買い物できるのは、休日に働く人がたくさんいるからだね。助かるね」「あの人、テキパキ働いててかっこいいねー」など。

日常会話で、「仕事=がんばる、役立つ、助かる、喜ばれる、かっこいい」といったポジティブな単語を意識的に交えていけば、小さい子にも「働く意義」はジワジワ伝わります。大人になって働くことはカッコイイことだ、という意識が芽生えます。思春期に子どもを捕まえて「父さんの仕事はな~」と急に語りだすと警戒されそうですが、幼少期からポジティブなイメージが蓄積されていれば、多少は話しやすいのではないでしょうか。

消防士、医者、先生などのわかりやすい職業は、子どもが関心を持つ機会が多々あります。それ以外の幅広い職業に理解と興味をもたせるには、親子の対話が大切です。ご自身の仕事のこと、それ以外の仕事のこと。ぜひ、小さいうちから話してあげてくださいね。

 

(c)2006 「幸福のスイッチ」製作委員会
(c)2006 「幸福のスイッチ」製作委員会
(c)2006 「幸福のスイッチ」製作委員会
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執筆者

  • 安田 真奈
  • 映画監督・脚本家
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